■講評

松田ひろむ


寒い寒いといっているうちに、もう立春となりました。春一番が待たれるこのごろです。
ネット句会とともに、掲示板でも活発な意見交換がされています。これも楽しみなことです。たまたま掲示板で「加藤州の大百姓の夜長かな」(高浜虚子)に触れられていました。
筆者は古沢太穂から聞いた大野林火とともに、潮来に吟行にいった話を思いおこして感慨を新たにしました。そのときに引用されたのが「加藤州」の句でした。
 加藤州は霞ヶ浦八景のひとつで潮来加藤州十二橋としても知られています。虚子の句はそんな名勝というよりも、その土地にしっかりと根をはっている「百姓」の「夜長」の灯りが見えてくるようで印象に残っている句です。
 さて1月のネット句会も683句、多彩な作品が楽しませてくれました。
得点 番号 句 俳号(会員番号)
9 232 寝たきりの母の髪切る年用意 大塚 正路
 年用意というのはなにかうきうきとするもの。何歳になっても髪というものは「女」を象徴するものでしょう。ここでは「寝たきりの母」として、年用意のその浮かれを抑えていることに注目しました。介護問題とも重なって切ない句です。
8 131 去年今年仕付の糸を引く如き 河童
 「仕付け糸」という言葉も、いまや死語になりそうです。仕付けとは「本縫いを正確に、きれいにするためにあらかじめざっと縫い合わせておくこと」です。家庭の中で縫い物や繕い物をする景は少なくなったようです。「仕付け糸を引く」というのは解くということ。「去年今年」と重ねて、仕付け糸を取られた着物ははらりと舞い上がるように新年がきたと感じたのでしょう。しっかりと実感がある句です。
8 94 寒波来る空のどこかに非常口 石口 翼
 寒波の来た空に非常口があるという感覚は、理屈では説明できないものです。どこかに逃れたいという気持ち、それが「非常口」かもしれません。そんな作者の鋭い感性に驚かされます。
<b>8 650 語り部の遠野の民話炭を継ぐ 右田 俊郎
 よく言えば懐かしい句としてまとまっています。しかし「語り部−遠野―民話―炭を継ぐ」となっては連想ゲームのように常識的に繋がってきます。いわゆる付き過ぎではないでしょうか。少なくとも「語り部」はカットするべきところでしょう。
7 283 言いたきを語らぬ父の懐手 石口 翼
 言いたいことも言えない現代の父が増えているからこそ共感を呼んだのでしょう。「非常口」と同じ作者ですが、こちらは感覚というよりもやや俗に流れているようです。
「懐手してをり親父らしくをり」(馬場白州)、「聞き役に徹して深き懐手」(宮内キヨミ)など『新版・俳句歳時記』の句もあります。 
7 243 霜柱関東平野持ちあぐる 林 昭太郎
一読、金子兜太の「暗黒や関東平野に火事一つ」を思い起こさせられました。しかしこれはこれで独自の一句でしょう。小さな霜柱が関東平野を持ち上げると、ここまで大きく言われれば納得です。
7 422 湯豆腐の笑ひ始めを掬ひけり 藤田 明
湯豆腐の句は、ややもすれば俗に流れます。有名な「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」(久保田万太郎)にしても、その俗が見えないことはありません。しかしこの句は「笑ひ始め」として湯豆腐の実態、存在に迫っています。それだけでなく、この句の軽いタッチも好ましいものです。これは感心した一句です。
6 437 初夢の中に賞金忘れ来し 森 泉休
 やや軽い句ですが、夢の中になにかを忘れてきたというのは、だれもが感じる悔しさです。それが初夢であればなおさらのことでしょう。だから逆の意味で楽しい句です。
6 22 野を焼きて少年恋を知りはじめ たかはし のぼる
ある懐かしさのある句です。野焼きの興奮は大人への第一歩なのでしょう。ただ「知りはじめ」という連用止めはいかがでしょうか、普通は「知りはじむ」と終止形にするところです。
6 112 くさめして百羽の鳩を翔たしむる 境野 典子
これは滑稽の句ですが、鳩が百羽といって大きくなりました。それだけ大きなくしゃみだったのでしょう。くさめ=くしゃみは「つゞけざまにくしゃみして威儀くづれけり」(虚子)の句のように、威儀も威厳もどこかに飛んでいってしまいます。もっとも最近の杉花粉症のくしゃみは、そんな生易しいものではありませんが。
6 467 熱燗や身の上ばなし脚色す 秋山 白兎
 先月につづき「熱燗」の句が共感を呼びました。酔うほどに身の上話もだんだんと芝居仕立てになってくるのでしょう。ただこの句のように脚色する程度でしたら、かわいいのかもしれません。なんとかの宮の末裔などということになると、酒の上の話ではすまなくなってしまいます。
6 97 工房の一師一弟冬ごもり 八王寺 宇保
いまも師弟関係の厳しさはあるのでしょう。陶工やこけし工人が連想されますが、ここはそれが特定されていない不満が残ります。ただ「一師一弟」という音感が「冬ごもり」にもかかわらず句を弾ませています。
6 565 日向ぼこ許す気持ちになってくる やぎ ほたる
日向ぼこ=日向ぼっこも暖房設備の普及でなつかしいことばとなりました。太陽の暖かさを実感できる日向ぼっこは、たしかにこの句のように「許す」に通じるものがあるのでしょう。「なってくる」という口語調も、この場合は効果的です。
6 583 靴下の小さな穴の反抗期 指宿 憶良
靴下の穴と反抗期。いろいろに解釈できそうです。ここでは幼いときは「靴下に穴が開いたあ」と母に告げたのに、いまは黙っている=反抗期ということでしょうか。反抗期はいわば大人への通過点、作者は反抗期の子供をあたたかく見つめているのでしょう。
6 253 麦踏みのたしか漢文教師なる 大和 タケル
この句も予選段階から注目していました。麦踏と教師という組み合わせはなかなか楽しいものがあります。問題は「漢文教師」で、漢文教師といえばなんとなく気難しく、いかにも麦踏らしい感じがします。もっともこれはそれぞれの感覚の問題でしょう。
 たとえば「英語の教師」などと置き換えてどうなるのか、などと考えました。
6 591 初山や吾が打つ斧の音ばかり 山田 梦二
「初山」は「山始め」ともいって、正月初めて樵(きこり)などの仕事をすること。またそのために山の神に祈りを捧げる儀式です。この句は儀式ではなく実際の仕事なのでしょう。「初山」は「絶滅寸前」の季語ですが、それをそれらしく生かした一句です。
今月は次の句などにも注目し共感しました。
192 お手玉のひいふうみいよ雨止んで 増田 萌子
286 駅員の指ポキポキも初仕事 姉崎 蕗子
385 奥美濃や紙となりては手に温し 八王寺 宇保
414 清貧とは痩せ我慢です草紅葉 たかはし のぼる
448 絨毯に乗って旅する初御空 霧の すまろ
516 顔を叩けば若返るかも寒の水 津軽 りんご
524 日の丸を振らぬときめし雪をんな 藤沢 青柿
560 初夢や恋のジョーカー切るところ 白樺 今日子
629 春空を何度も掴み一輪車 陣ノ下 零余子