インターネット句会

講評−G2

第179回インターネット俳句会(H28年2月投句)

五十嵐秀彦
2月の句会は冬と春との境目ということで、冬を引きずりながらも心はもう春を見ている、そんな句が多かったようです。私の暮らす北海道はまだ雪に埋もれていますが、日差しの中にかすかな春の気配を感じるこの頃となりました。この句会で日本各地の早春を味わえることはとても素晴らしい経験と思いながら鑑賞いたしました。
私の鑑賞は、その句を自分の中に呼び込み自分の体験として味わうものなので、作者の思いとはひょっとすると異なるところもあるかもしれませんが、そのような解釈もあるのかと受け取っていただければ幸いです。(平成28年3月6日)


得点   番号   俳句   俳号

8   373   投げ上げし吾子の下の歯鳥帰る   小石日和

もちろんこの句は中村草田男の名句「万緑の中や吾子の歯生え初むる」を下敷きとした句であろう。
上の歯は縁の下に、下の歯は屋根の上に、昔そう言ったものだ。
鳥たちが季節の移ろいを感じて渡っていくように、子の成長にもまた時の流れを感じる作者。歯を投げ上げる視線の先に鳥影が見えるようにも受け取れる措辞がよい。


7   179   布団干す表裏なき余生かな   記内カノン

「布団干す」は冬の季語。珍しく青空にめぐまれた日に布団を干した。そのときふとどちらが表でどちらが裏なのかと考えた。同時に「表裏なき余生かな」という言葉が思い浮かんだのだろう。
布団の表面の冬日のぬくもりを手で撫でながら作者は自分を見つめている。


7   259   シアターを出てそれぞれの春の月   としもり

演目か映画かわからぬが、多くの客が暗がりの中で一場の夢を共有したあと、劇場を出て個々ばらばらの夜へと散ってゆく。春の月もまた人それぞれの夜に属しているかのように春の夜空に朧に輝いているのである。


7   127   寄せ鍋や致死量の恋ぽんと入れ   酒井おかわり

「愛」とか「恋」とかは俳句ではとても扱いのむずかしい言葉。だからこそとの挑戦と思う。
「致死量の恋」が面白い。それを「ぽんと入れ」るのもまた面白い。さらに「寄せ鍋」という日常と取り合わされているところに、中7以降の奇想との見事なバランスが生まれている。
挑戦と諧謔を感じる秀句だ。


6   106   面とるも孫泣き止まず鬼は外   藤井寿豊

おじいちゃんが孫のために鬼になって大仰に演じる姿が目に浮かぶ。その気合の入りすぎた「名演」にお孫さんはびっくり仰天して泣いてしまった。あわてて面をとってなだめるおじいちゃんのやさしい顔を見ても泣き止まない。困ってしまった作者の表情まで見えるようだ。


6   421   生きるとは看取ることなり寒椿   佐藤水村

年月の過ぎてゆく速さは容赦がない。人は歳を取り、老い、いずれ死を迎える。「死ぬのはいつも他人ばかり」と言ったのは寺山修司だが、人は自分の死を体験として語ることができない。人が体験として語るのは親族を含めた他者の死ばかりである。そして人は死を学ぶ。生きることとは、人を看取り見送ること。そう言えるのかもしれない。


6   557   母の手を嫌い薄氷踏む子かな   民夫

子どもは道に早春の薄氷を見つけ、靴が汚れるのもかまわず踏み割ろうとする。止めようとする母親の手を振り払って。冬の寒さをようやく抜け出した気配が子どもを活発にしてもいるのだろう。「母の手を嫌い」という措辞に感心した。


6   875   噛み合わぬ三者面談春浅し   ひぐらし

中学か高校の進路指導であろうか。教師、生徒、そして親。それぞれに思いがありながら、それをストレートに言うことのむずかしい場面であることは容易に想像できる。「なぜわからないんだ?」の三つ巴にもなるかもしれない。そのもやもやした気持ちに「春浅し」が響いている。


5   1156   地方紙に包まれ届く芽独活など   kmt

遠方の人から芽独活やその土地のものが送られてきた。それぞれ新聞紙にくるまれ箱に詰められている。がさがさと紙を開く。春の土の香が立ち上る。新聞紙はその地方のローカル紙だ。その見慣れない紙面の表情もまた新鮮だ。


5   552   音がまた音を巻き込む雪解川   茶柴

冬涸れていた川が春の雪解水を集め轟々と水量を増して流れていく。その有様を、音が音を巻き込むと表現したことで臨場感あふれる一句となった。


5   649   二十指の爪切る夜や寒戻る   山口刃心

両手両足二十の爪をひとつづつ切っている。時間をかけてゆっくりと切っているのだろう。
春が来たといっても今夜は寒い。寒の戻りだろうと呟きながら、丁寧に爪を切るのだ。その音だけが部屋に静かに響いている。


5   145   春浅し豚饅割れば雲一つ   多事

早春のまだ寒さの残る空気の中、買い求めた豚饅を割ると白い湯気が立った。湯気とともに見上げれば春の青空に雲がひとつのんびりと浮かんでいる。手元の豚饅から空へと昇る視線の動きに季節の鼓動を感じる。



以下、4点句から数句鑑賞します。

4   94   屈託を引きずり込むや春炬燵    磯

炬燵を片づけるタイミングはむずかしい。暖かいからいいんだと思いつつ、どこか怠け者のようにも思い、少しうしろめたい気持ちにもなる。そんな春炬燵の中で考えることは、どこかしら心の晴れないことが多い。でもこんな俳句を得ることができたのだから良しとしたいところだ。


4   46   春めくや石段ごとに猫のひげ   汝火原マリ

日差しが心持ち強くなった日の路地の石段に、町の猫たちがそれぞれ自由勝手に日向ぼこをしている。その景を「石段ごとに猫のひげ」と表現したのは秀逸。省略が効果をあげている。


4   356   道を訊く人に選ばれ春兆す   小川めぐる

あ、そうか、と思った。道をきかれた時、ふと心をよぎる小さな喜びの正体を見つけた気がした。自分を選んでくれたという思いがあるわけだ。もちろんそれは実際にはたまたまであったのだろう。だから特にうれしいというほどでもないのだけれど、ふとした小さな心の動きがそこにある。それを言いとめたところに感心した。「春兆す」も効いている。


以上