カルチャー教室

研修通信俳句会

平成29年度(第24期)
全国の熱心な会員の作品交流の場として好評の「研修通信俳句会」は、2017年9月から第24期となりました。
◎俳句会 通信(郵便)で隔月、年6回
第四回締め切りは4月14日です。
・投句 毎回5句
・選句 毎回10句相互選
・講師 岩淵 喜代子   川辺 幸一
・会報 毎回 講師選評と互選結果掲載
◎会員 協会員 定員100名程度(三組に編成)
◎期間 平成29年9月から一年間
◎会費 一期7,200円
◎行事 講師・会員が一堂に会する「特別研修会」一回、句会抄を「現代俳句」誌に随時掲載予定。※添削指導はありません。互選による通信形式の句会となります。

スタッフ:宮崎斗士、長谷川はるか、茂木和子、小髙沙羅、栗原かつ代、鈴木砂紅、久下晴美、利光知惠子、植田いく子、芹沢愛子、磯部薫子
 
 
研修通信俳句会  「第二十四期・第四回」
 
Aグループ高点句
花疲れ終着駅で目を覚ます    夢乃彩音
本日は強気で回る風車      白岩絹子
駅名に残る村の名さくら時   松本敬子
Bグループ高点句
春の野や記憶の扉全開す    石井紀美子
梅真白たったひとりになった家 宮澤雅子
パレットに遠き日を溶く流氷期 田口美喜江
Cグループ高点句
仮の世を覗きに行つて蝶になる 山本則男
煮魚の目玉ほろりと朧の夜   高橋美弥子
路線図のこんがらがって春一番 柏原秀子
 
岩淵 喜代子 講師特選句
Aグループ
今落ちて呼吸の荒き紅椿  畑 佳与
誰もが知っているように、椿は落花しても咲いたときの姿を崩さない。まるで地上で再び咲いているかのようである。その誰でも知っている花の生態が、中七の(呼吸の荒き)とする擬人化表現で無理なく伝わるのである。
黄泉行の大きな仕事はだら雪  武田稲子
どのような終末を迎えるか、それもその人なりの人生観の現れである。(はだら雪)の季語によって、作者が生きていく道程の続きに死を捉えているのが伝わる。何より(大きな仕事)の措辞から伝わってくる。
実直な男の靴に春の泥  白岩絹子
この句、春泥が実直な男にしか付かないような錯覚を起こさせる。それが俳味を醸し出して成功している。実直と言われることで、春泥がリアルに再現されたのである。
Bグループ
青鮫のゐなくなりしよ梅咲けり  濱口たかし
今回は金子兜太氏を悼む作品が多かった。現代俳句協会の会員には、殊に特別な想いがあるのではないかと思っている。期を逃さず書き留めておくのは、必要なことである。中で、(梅咲いて庭中に青鮫が来ている)を下敷きにしている句が多かった。掲出句は、その弔意を(ゐなくなりしよ)に込めている。
土鈴雛出すときいつもひと一振りす  勝又千惠子
雛の季節になると取り出す土鈴、それは一対の男雛と女雛になっている。取り出すときに思わず手首を振って鳴らしていた。去年もその前の年も鳴らしていたことが蘇る。無意識に繰り返す仕草の中に、土鈴雛への愛着が滲みだしていて、無駄のない叙述である。
セーターの編目のほつれ湖の波  飛田伸夫
ふと気になった編目のほつれ。気になればなるほどそのほつれに意識が行ってしまうものである。そのほつれが、いつの間にか湖の波立ちに置き換えられてきたかのようになった。
Cグループ
枝先に無数の冬芽独り言  前田光枝
二句一章、すなわち取り合わせの俳句である。配合で内容を増幅できる形式でもある。作者は無数の冬芽を視野にしながら、思わず独り言を漏らしたのかもしれない。冬芽の固さが、独り言という言葉の内容にも韻律にも呼応しながら読み手に冬芽を印象つける。
ひとつずつ乳歯ははずれ花りんご  河西志帆
この句も二句一章の俳句である。歯の白さと林檎の花の白さが反応し合う世界を、鮮やかに描き出した。その鮮やかさは、乳歯であることで、さらに命の輝きに裏打ちされた。
おむすびが転がってみる春の山  中島登志夫
本来なら(転がっている)になるだろう。しかし作者はあえて(おむすび)を主格に据えたのである。そうすることで、山も小鳥も主格を得てそれぞれが語り始めそうな気配を感じさせている。
 
川辺 幸一 講師特選句
Aグループ
今落ちて呼吸の荒き紅椿  畑 佳与
瞬間の景と思いを伝えた佳句である。椿の花は散ることなく落ちる。落ちて終わるのではない。生きるのである。中七の措辞が達成感と生命力を表現している。ゴールインしたマラソン選手を思った。
花疲れ終着駅で目を覚ます  夢乃彩音
桜に夢中になって疲れ果てた日の顛末である。事実そのままに描いてユーモラスである。自虐的ともとれるが、誰もが経験しそうなことを技巧も衒いもなく表現したところが好ましい。
駅名に残る村の名さくら時  松本敬子
駅名に着目したところがいい。町村合併で消えていった地名が駅の名として残ったことに感慨を覚えたのである。華やかに咲き誇っても潔く散る桜とひっそりとしていても今も残されている駅名を対比させた作りがいい。
Bグループ
鳥帰ることにも触れて予報官  鴫原さき子
テレビ俳句である。近頃は時候の解説をしたり伝承行事の紹介をしたりして、予報官がタレント化して楽しめる番組になっている。北に帰る鳥の映像を映し出しているのかも知れない。そんな様子をうまく掬いとっている。
剪定の親方他は異国人  渡部 健
こんな景が珍しくなくなった。外国人に頼った職業が増えている。世の移り変わりを植木職人に見出したのは観察眼が優れているからであろう。句跨がり中切れの表現に違和感と戸惑いをもつ作者がいる。
われ先に本流目指す雪解川  宮澤雅子
普段はささやかな清流がごうごうと響き流れる雪解の川となった。濁流が目指すのは本流という。なるほどそうだなと納得した。一物仕立ての句は取り合わせの句より難しいと思っているが、雪解川でおさめた表現に本質を見極めた眼差しを感じる。
Cグループ
朝ざくら一膳分の粥を炊く  高橋美弥子
家族が一人去り一人消えて、今では独り暮らしをなさっているのであろう。自分が食べるだけの食事を作る暮らしを淡々と描いて明るいのは、取り合わせた季語「朝ざくら」の柔らかな印象の効用であろう。
花粉症西郷どんのどんぐり目  黒沢孝子
花粉症に恩賜上野公園の西郷像を取り合わせたところが今風でおもしろい。目が痒いことに難儀する作者は目に注目するのだ。遠くを見据える西郷の目をどんぐり目と感得したのがいい。
路線図のこんがらがって春一番  柏原秀子
確かに都市の路線図は複雑で厄介だ。戸惑いと困惑する姿がみえる。「こんがらがる」という口語調の調べに「春一番」は似合う。よくぞ句材に採り上げたと感心もする。外国人に路線図を示されて行き先を説明したことがあるが、果たして無事に行き着いたか今でも不安に思っている。

(長谷川はるか報)