現代俳句コラム

現代俳句コラム

陽炎より手が出て握り飯摑む高野ムツオ
 高野ムツオ(「小熊座」主宰)の第五句集が株式会社角川より、平成25年11月に出版された。氏については、東日本大震災をモチーフにした作品の評価が極めて高かったので、まとまった句集の発刊が各方面から待たれていた。この句集『萬の翅』の約500句のうち、3割の150句弱が震災関連である。たとえば、〈四肢へ地震ただ轟轟と轟轟と〉〈春光の泥ことごとく死者の声〉〈車にも仰臥という死春の月〉〈泥かぶるたびに角組み光る蘆〉〈瓦礫みな人間のもの犬ふぐリ〉〈鬼哭とは人が泣くこと夜の梅〉〈みちのくの今年の桜すべて供花〉などである。
 掲載句はその中の一句。震災句の中にあることを知らないと、陽炎がゆらゆらと揺れる情趣豊かな春の日に、作者が持参した握り飯に男がぬっと手を伸ばした、という平和な景を思う。だが、三・一一に係わる句であると知ると状況は一変する。
 氏の「小熊座」には被災した同人・会員たちの作品が数多く載っている。津波が迫ってくるときの音と埃、残ったヘドロの臭い、たっぷり海水を吸った畳の重さ、安否情報の悲喜、避難所での遠慮と気疲れ、水や電気の有難さ、久しぶりの風呂などなど、それぞれの臨場感に衝撃を受ける。例えば次のような句である。〈春ならい瓦礫の中の赤い旗(一条ますみ)〉〈海底のグランドピアノ春の雷(中村春)〉。そして次の句がある。
   暖かや高野ムツオの握り飯     浪山克彦
 筆者はどうしてもこの句と掲句を一緒の場面で捉えてしまう。避難所にムツオ氏が持参した握り飯に被災者の男がぬっと手を伸ばした。握り飯が温かかった……。その一瞬を切取った作品である。
 
出典:高野ムツオ『萬の翅』平成25年11月25日角川学芸出版刊行
 
評者: 栗林 浩
平成26年5月21日