現代俳句コラム

現代俳句コラム

孑孒に会ひたるのみの帰宅かな小原啄葉
 震災の句と断定できるてだては句中にはない。平和なある日、たまたま皆出かけていた我が家へ戻ってきた場面とも想像可能だからだ。しかし、わざわざ帰った家で出会ったのがボウフラだけだったという、その光景への執着には、やはり、尋常ではないものがある。もし、普通の住宅地での場面なら、人と出会うことはなくとも、庭の草花や蝶や蜂や、それなりの昆虫とも出会っていると想像できるからだ。しかし、作者は、そうした他との出会いは、いっさい無視してボウフラとの遭遇のみに執着した。そして、そのことが、実は他に会えるはずだったもの、会いたかったはずだったものが、いっさい不在であったことを雄弁に語っていることになる。
 この尋常ならざる心理的な状況から、この句はこのたびの災禍でのものと察することができる。しかし、そこで会うべきものは、なぜボウフラなのか。それは、ボウフラが作者の詩的必然性が選び抜いた生き物であるからだ。日照りが続けば、たちまち枯渇する水溜まり。それでも、ボウフラは必死に全身をくねらせ懸命に天を目指す。それゆえ何もかもなくなった被災地で会わねばならなかった生き物だったのである。
 この句は、一見、実体験に基づいた写生句に見える。そう鑑賞して間違いはない。しかし、この句を作った作者は齢九十、内陸の盛岡住まい。沿岸部の津波や放射能の被災地に赴いたとは考えにくい。たぶん、これは作者の想像での作。では、何がして、このようなリアルな映像を創造することができたか。これは私の勝手な仮定に過ぎないが、被災地へ同化するばかりの悲しみと悲惨な戦中戦後をくぐり抜けてきた作者の体験の中での映像とが、模索の果てに、俳句という形式の中で奇跡的に出会ったからではないか。想像力は写生を越えた写生をも生む。
※「啄」は旧字体

出典:「樹氷」(平成23年11月号)

 
評者: 高野ムツオ
平成24年6月1日